2003年09月09日

第21旅第10日

稚内22:00→(特急利尻)→札幌6:00

目が覚めると、もう車窓は都会だった。札幌到着である。
実は今回使った切符の日付は昨日まで有効である。
継続乗車船制度のおかげで、昨日のうちに乗った夜行なら到着駅まで有効とのことだったので、だからこうしてこの夜行の指定券を発券できたのだと思うが、実際に札幌で改札を出るときに、ちょっとモメないかと心配だったのだ。

切符の日付をきちんと確かめるかどうかは、駅員や駅によってまちまちだ。
この一週間で何度も通ったこの札幌駅の改札でも、日付をきちんと確認されたりされなかったりだった。
今朝の駅員は、それが北海道ペアきっぷであることをちらりと確認しただけで、あっさり改札通過。これにてこの切符はお役御免だ。酷使しまくってお疲れ様。
グリーンにB寝台。後日のナゾイカの計算によれば、モトの3倍はとったらしい。


さっぽろ→(地下鉄南北線)→大通→(地下鉄南北線)→すすきの

地下鉄のさっぽろ駅で1日乗車券を買った。今日一日、といっても昼過ぎまでだがこれで過ごす。
帰りの新千歳空港までは、高速バスで行こうと思うのだが、札幌市内までの便で一番安いのは、地下鉄東西線の大谷地から。
一日乗車券でできるだけ空港に近いところまで行こうという魂胆である。
つまり最終的に乗る地下鉄は東西線だから、コインロッカーはさっぽろ駅ではなく大通駅にした。
普段なら地下鉄一駅くらい歩くけど、もちろん地下鉄移動。

朝ごはんを食べるべく、すすきのへ向かう。
24時間営業の店で簡単に食事をする。早朝のすすきのはカラスが多い。


すすきの→(地下鉄南北線)→さっぽろ

またまた地下鉄で移動して、県庁の旧庁舎を見学に行った。
札幌初日にも通ったが、初めて中に入る。朝が早いのに、すでに観光客の姿が多い。しばらくウロウロして、そのまま北海道大学へ向かう。
北海道大学は、そのまま散歩コースとして認定しているらしく、警備室で散歩マップをもらえたくらいである。クラーク博士の像が意外なほど小さいのにガッカリした。

ちなみにこの辺りの写真が何故か無い。


北18条→(地下鉄南北線)→大通

大学のキャンパスを抜けて、地下鉄の駅まで歩く。
そこからまたまた南下して、大通で降りる。
時計台はまわりの都会の喧騒に包まれすぎていて、かなりガッカリである。日本三大ガッカリ名所をこれで制覇だ。時計台の中まで入ることができるようだが、なんとなく入場料を払う価値を見出せずに、そのまま時計台を後にする。


西4丁目→(札幌市電)→電車事業所前→(札幌市電)→すすきの

次に、市電を乗りとおす。車庫があるらしい電車事業所前で途中下車。
車庫の中には何台かの電車を見ることができたけど、それだけだったので、次の電車ですすきのに向かう。
この途中下車も、一日乗車券のおかげである。おそらく、すでにモトは近い。
すすきのまで乗って、次は東豊線に乗るので少し歩いて豊水すすきの駅まで向かう。東豊線の南端、福住駅まで行った。


豊水すすきの→(地下鉄東豊線)→福住→(中央バス)→羊ケ丘展望台

中央バスに乗り換えて、羊ケ丘展望台へ向かう。
市営バスから移管された路線らしく、この区間も一日乗車券が使えるのが嬉しい。

羊ケ丘展望台は、入場料がいるという。
どういうところなのか、とりあえずバスで行けるところまで行き、それから入場料を払って中に入るか決めようとナゾイカと話していた。
しかし、公園の入口で、突然バスの前ドアから係員らしきおばちゃんが乗り込んでくると、乗客全員から入場料を徴収し始めた。これにはビックリである。

なるほど、これなら入場者から入場料を取り損ねることもない。
これから先までバスに乗るひとは、確実に入場するという考えによるのだろう。
というか、入口の門からすでに「場内」で、バスは公園の中まで入っていくのだ。
バスの終点が、公園内というのも知らなかったが、実際に門を入ると、終点まで距離が結構あって、これは確かに門から普通に歩く距離ではなかった。

園内ではいわゆるクラークの像があって、眼下には札幌市街が見渡せた。
といっても、標高がかなり低いので、手前にある林の向こうに街が見えるという感じだ。
はっきり言って、それほど見晴らしは良くない。
雪祭りの博物館?みたいなのなどを見学して、次のバスで福住へ戻った。


羊ケ丘展望台→(中央バス)→福住→(地下鉄東豊線)→大通→(地下鉄東西線)→大谷地

札幌まで戻って、北海道最後の食事を札幌ラーメンとする。
味噌汁は好きなのだが、味噌ラーメンはどうも苦手だ。
しかしせっかくなので味噌チャーシューラーメンを食べる。
うん、まあ、味噌ラーメンである。

さて、何度もこの駅舎を眺めすぎて、突然離れるのがなんだかわびしくもなりながら、そろそろ北海道を出る時刻である。
札幌駅辺りからも、新千歳空港行きのバスはあるけれど、一日乗車券の使える大谷地まで行けば、バス代がもっと安くなる。
大通駅で荷物を引き取って、東西線で大谷地へ向かった。


大谷地→(空港バス)→新千歳空港→(JAL東京行き)→羽田空港→(京急空港線)→京急蒲田→(京急本線)→横浜→(相鉄いずみ野線)→湘南台

バスはガラガラで、意外に早く空港に着いた。
一時間早く関西空港へ出発するナゾイカと、10日ぶりに別れ、空港内の本屋でしばし立ち読み。
石狩寿司の弁当を買って、最後のみやげとした。
京急蒲田で夜空を見上げて、まさか数時間前まで北海道にいたとはなあ、と思う。
しばらくぶりの湘南台に着いて、石狩寿司を食べた。

2003年09月08日

第21旅第9日

札幌23:02→(特急利尻)→6:00稚内

二度目のB寝台。札幌にはあさって朝にまたB寝台で帰ってくる。
夜遅いので、すぐに検札がまわってきて、すぐに就寝。途中駅に止まったのもほとんどわからなかった。

稚内に着く前に、いい景色があるというのを聞いていたので、若干早めに起きる。先頭車両が自由席だから移動してみても良かったのだが、面倒くさいのと雨が降っているのとでやめた。稚内到着までウトウトしながら過ごす。

ついに日本最北端の駅に到着。日本各地からの距離がそれを実感させる。

礼文島へ渡る船の時間まで結構あるので、駅の待合室でしばらく過ごす。
早朝から営業している駅うどんを食べたけど、富良野と同様、どうも口に合わなかった。
ナゾイカと交代みたいな感じで、待合室と駅周辺を散歩する。
僕は記念入場券を購入。記念スタンプは自分で押すものかと思っていたが、
しっかり印刷されたものであったので、少々ガッカリした。


稚内港7:30→(東日本海フェリー)→9:40礼文島香深港

フェリーにどうも学割があるらしいことは、事前のリサーチでわかっていた。
駅のコインロッカーに荷物を預け、徒歩で港に向かう。そこでびっくりした人の多さ。
「しまったなあ、駅で時間をつぶすんじゃなくて、こっちでつぶすんだった」というナゾイカに同意。
フェリーの切符を求めるが、学割証はコインロッカーの中…。
「学生証じゃダメですかね?」と窓口に尋ねるが、当然ノー。

ナゾイカがもう一枚学割証を持っていたので、それでなりすまして買うこともできたが、乗船名簿を書かされるし、万一のときにややこしいことになると具合が悪い。
学割で割引される額とコインロッカーの追加料金を考えたところ、一度ロッカーを開けてでも学割証をとってきたほうが安く済むので、駅まで学割証をとりに戻った。荷物を預けて20分ほどでまた開錠。もったいない。
学割があることは僕のほうが知っていたのに、肝心なときに持ち歩かなくてはしかたがない。
港に戻って、無事に往復学割の切符を買った。ロッカー代があったとはいえ、840円浮いた。

パックツアーの団体客がいるらしく、船内は大混雑。カーペット敷きのところは、
どうにか座るところを確保できたくらいで、仮眠などもってのほかである。
おじさんおばさんに囲まれながら、ちゃっかり携帯電話の充電もしつつ、礼文島に到着。


香深港9:40→(礼文島定期観光バス礼文Aコース)→12:40香深港

すぐに連絡する定期観光バスに乗る。
島内には路線バスもあるけれど、便は少ないわ、コースはよくわからないわで、いっそこういうバスに便乗したほうがマシである。
本当は稚内市内もこうしたかったのだが、(そのほうが運賃も安くついた)礼文島と組み合わせるためには時刻があわなかったので断念。
利尻と礼文も、船や定期観光バスとの兼ね合いで決めたものだ。
次回はぜひ利尻にも渡ってみたいものだ。
写真は、礼文島スカイ岬。

礼文島の最北端の岬へやってきた。スコトン岬という。由来はどうせアイヌ語だろう。
なんらかの自然が語源になっているに違いない。

地図を見る限り、稚内と最北端を争っているように見える。
ガイドさんも、「最北端の…」というが、それだったら日本で有名な「最北端」は宗谷岬ではなくてこのスコトン岬になるはずである。
どうも腑に落ちなくて、ガイドさんに直接質問すると、あっさり何kmか宗谷岬のほうが北であることを教えてくれた。
あまりにそっけなかったのは、定期観光バスが満員で忙しかったからかも。

ここが最北端の公衆トイレなのだという。
宗谷岬に公衆トイレは無いのかと問い詰めたかったが、もうやめておいた。せっかくなので用をたしておく。集合時間まで、駐車場の売店をのぞく。
他の観光バス(きっと船に乗っていたひとたちだろう)も一緒になって、結構狭い店内がさらに狭く感じられた。

もう一箇所、崖っぷちのところを見学して港へ戻る。
なんだ、礼文島ってのは岬しか見所がないのかい。
きっとゆっくり泊まって、高いお金を出して海の幸なんかを食べるのが礼文島観光なのだろう。
貧乏学生にとっての礼文島はこんなもんなのかも。


香深港13:05→(東日本海フェリー)→15:00稚内港

バスが到着してから船への連絡が良すぎて、あまりゆっくりしている時間が無かった。
港ですぐバスに乗って、降りたらまた港。もう少し港のところの商店街なんかを散歩したかったな。

乗船名簿に記入をして、乗船。さすがに早朝に来て昼にもう礼文島を出るような人はそうはいないのだろう。
先程の定期観光バスに乗っている人がそのままこの船に乗るひとはあまりいないだろう。
船からは利尻富士がうっすらと見えた。
船の中は、往路とはうってかわってガラガラで、テレビのチャンネルを自分で勝手にかえて、昼ドラの「温泉へ行こう」を見た。
海の上では電波も悪かったが、ウトウトしながら稚内へ。
携帯電話の充電もバッチリ。盗電なのかもしれないけど、
客室にはどうしてコンセントがあるのだろう?掃除機?

バスターミナルへ移動して、宗谷岬への往復バス券を買った。
大学の生協で事前購入していたのだが、手数料百円を考えても、往復割引のほうが払い戻しより安かったのだ。せっかくこの写真つきの切符でもあることだし。

バスの時刻までやや時間があったので、散歩に出た。
ナゾイカは連日の睡眠不足がたたって具合が悪いようなので、そのままターミナルで休憩。
近くにJTBがあることがわかったので、手元の現金は多いほうがいいと思い、生協で買った切符を払い戻そうと行った。
小さな事務所で対応してくれた暇そうなおばさんは、大学生協で買った切符は生協で払い戻しをと言われ退散。何のための旅行代理店なのかわからない。
ターミナルへの帰りがてら、立派な防波堤を見に行った。


稚内駅前16:15→(宗谷バス)→17:01宗谷岬17:33→(宗谷バス)→18:25稚内駅前

ようやくバスの時刻になって、乗り込む。
バスは南稚内を通って東へ。稚内より南稚内のほうが栄えている気がする。
バスはやがて市街地をはずれると、荒涼とした風景の中をかなりのスピードで走る。せっかくの宗谷岬なので、滞在時間は適度に長いほうがいい。
運賃表に宗谷の文字が現れたときにはドキドキした。
バスはこの先の大岬という集落まで行くらしく、宗谷岬でほとんどの客を降ろすと
そのまま行ってしまった。いよいよ到着。

いよいよ最北端にやってきて、こうして今までよく見かけた「最北端の碑」が目の前にあるわけだが、幾分ガッカリした感がしないでもない。

宗谷岬に沿って、大きな道路が走っており、大型トラックがビュンビュン走る。
せっかくの日本最北端なのに、ちっとも最果て感が感じられないのだ。
この碑の前辺りだけが道の駅みたいな感じになっていて、道路公園の一角に碑が立っている感じだ。
もちろん多くの観光客が記念写真を撮っているが、どうもガッカリである。

売店で、絵葉書が30円で売っていたので、4枚購入。
ついでにふるさと切手も買って、最果てのポストから親戚のみなさんにハガキを書く。記念スタンプが空欄にちょうどいい大きさで良かった。

大岬まで行ったバスが折り返してくるまで約30分。
大急ぎで写真を撮り、ハガキを書いて最北端ポストに投函するとちょうどいいくらいの時間になった。
できればこの丘の上にも登ってみたかったが、これもまた次の機会か。


稚内駅前に戻ってきて、帰りの寝台の時刻までナゾイカと別れることにした。各自夕食までとること。

稚内駅からすぐにあるというノシャップ岬に行ってみることにした。
九月の北海道の六時半はもうとっぷり日が暮れている。
行くだけ無駄だとナゾイカは行かないようだったが、僕はあとで後悔するのが嫌だったから向かう。
駅前からバスに乗った他のおじさんも、今夜の寝台に乗るような話をしていた。
そういえば、宗谷岬からの帰りのバスの中でも、携帯電話で話す女の子が会話で利尻に乗ることを言っていた。

てっきりそのおじさんたちもノシャップ岬へ行くのだろうと思っていたのだが、最寄のバス停で降りなかったので、次のバス停のほうが近いのかなと僕もそのまま乗っていたら、ノシャップ岬への入口を通り過ぎてしまった。あわてて降車ボタンを押して、一人で降りる。
どうもそのおじさんたちはこの先にある稚内温泉へ向かうようだった。

道路標識を頼りに、ノシャップ岬へ真っ暗な中を歩いていく。
日中こそ観光客で賑わうのかもしれないが、こんな時間帯では人っ子一人歩いていない。
街灯すらなく、遠くに光っている自販機だけが道を照らしている。
ようやく公園らしきところに到着。うっすら浮かび上がる看板を探して、上の写真を撮影。実際にそのときには、この字すらわからなくて、おそらく「ノシャップ岬」と書いてある看板なのだろうと適当に判断してフラッシュをたいただけである。だからこういう字で書いてあったというのはこうして写真になって初めてわかったくらいである。

こんなところでゆっくりしているわけにもいかないし、ここで拉致でもされたら、本格的にわからなくなってしまいそうなので、すぐに市街地に戻ることにした。最寄のバス停まで戻って、バスを捕まえる。
ここからは市街地なのでバスは頻発されている。
途中で降りて、本屋で閉店まで立ち読みをし、スーパーで買い物をする。
夕食になるようなものはなく、コンビニでカップラーメンを食す。
稚内での夕食がカップラーメンねえ。
日本最北端の夜空を見ながら、北海道限定のラーメンを食べた。
残りスープを溝に流して駅に戻り、ナゾイカと合流して荷物をコインロッカーから出し、札幌行きの寝台列車であり、今回の旅最後の列車に乗り込んだ。


2003年09月07日

第21旅第8日

旭川8:39→(富良野線)→9:14美瑛

昨日の道東とはうってかわって、いい天気になった。
美瑛・富良野という、景色が肝心な箇所を今日はまわるだけに、期待が持てる。

駅の案内所で、「川の時刻表」なるものをゲット。
これは、線路と川が交差するところが、駅からどのくらいにあるのかというのがわかるもの。もっと早い段階でもらってたらもっと良かったかも。
富良野線の普通電車で美瑛に向かう。


美瑛駅前9:20→(ツイクルバス美瑛号丘コース)→1015美瑛駅前

美瑛駅前には、予約していたツインクルバスがすでに待機。
夏休み限定で、美瑛と富良野で、観光地を簡単にめぐってくれる、極めて格安の
定期観光バスである。美瑛が600円、富良野が1000円とは、貸し切りバス代やガイド代がどこから出てるのか不思議なくらいだが、利用するほうにとっては願ったり叶ったりだ。

美瑛では、条例でどの畑がどの作物を植えるか決められているのだと言う。だから、このように「パッチワークの畑」が実現できているのだ。
バスは、このような景色を一時間ほどめぐって、美瑛駅に戻った。路線バスではこの値段で済まなかっただろうし、時間の制約がありすぎる。
レンタサイクルの体力も考えたら、相当便利なコースだ。
適度に下車時間もあって、大変よろしい。

途中で立ち寄った土産物屋で絵葉書を購入。
祖父母にでも送ってあげよう。


美瑛1039→(富良野線富良野・美瑛ノロッコ1号)→1137富良野

ノロッコ号が来るまでしばし時間があったので、ナゾイカは郵便局へ貯金を下ろしに。僕は荷物の番がてら、記念入場券を購入。

旭川から、釧路湿原と似たような感じの列車が到着。
ディーゼル機関車が何故か最後尾から客車を押しているのが、どうも不恰好である。
釧路湿原も、釧路行きはこうなのかもしれない。


富良野駅前1230→(ツインクルバス富良野号)→1600富良野駅前

富良野でもツインクルバスに乗るのだが、それまでやや時間があるのは、昼食時間が考慮されてるのかもしれない。
駅前の商店街を一巡りしてみるが、適当な店が見つからないので、結局立ち食いで済ませる。どうも北海道のうどんは不味いなあ。

駅構内には、今日のツインクルバスは満席との張り紙。
そりゃそうだろう。普通の定期観光バスなら、三千円はゆうにとるであろう、観光バスである。

なんとなく、富良野でも入場券を購入。

満員のツインクルバスは、富良野市街をそれて、山の中へ。
例の有名なドラマのセットは、山の中にあるらしい。
若干ひらけたここまでは路線バスもあるらしいが、美瑛と同じように、効率性から言うと、やはり比べ物にはならない。

三時間半の観光が千円!
どこで利益を得ているのだろう…。

何度かバスでの移動を繰り返して、今も保存されているセットをまわる。
セットによっては、「近くまで寄って見たいなら有料」というセットもあったが、この柵からでも良くない?という判断のもと、払わずに過ごす。

バスでの移動中には、このバス限定という絵葉書も配られた。自分で購入した絵葉書もあわせて、親戚の皆様にいろいろ送ることにする。

ドラマセットだけでなく、チーズ工場や森の土産物屋をもまわり、大満足で富良野駅へ戻る。
うーむ、このJRの大放出は、本格的にわからない。


富良野1628→(根室本線特急フラノラベンダーエクスプレス4号)→1830札幌

富良野からの臨時特急は、いわゆるリゾート向けであるらしい。
外の容貌も、よく見ればあちこちサビてはいるものの、面白い形をしており、滅多に見られるものではない。
乗ってみてびっくりしたのは、ひとつずつ座席に配置された目の前のテレビ!飛行機よろしく、チャンネルによっては映画が見られるほか、座席にいながらにしてかぶりつきができるという、鉄道では僕は初めての経験であった。にもかかわらず、数日続いた疲れがたたって、滝川に着く前に寝てしまった…もったいない。

着いてから札沼線に乗ろうかと思っていたのだが、疲れたので断念。
それよりも、ナゾイカがたまには奮発しようと提案して、ジンギスカンを食べることに。
すでにナゾイカはリサーチ済みで、安価な適当な店を発見していた。
すすきのの例の客引きを相当面倒くさく感じながら、店を発見。
安い店なだけに、行列はあったが、時間もまだあるので並んで待つ。
それぞれ一人前ずつ食べ終えた後、「もう一人分を半分するべ」と珍しく奮発した。
やっぱり本場は美味い。ところで、行列の前に並んでいた女の子たちはどこの大学生だったのか?

今夜の宿は、2度目のB寝台なので、また札幌駅へ戻った。


2003年09月06日

第21旅第7日

川湯温泉バスセンター1010→(阿寒バス)→1020川湯温泉駅前→川湯温泉1034→(釧網本線)→1147原生花園

ちょっとのんびり朝寝をして、ゆっくり出発。朝から冷たい雨が降り、少々肌寒い。九月上旬とはいえ、さすが北海道である。
しかしこれからさらに北へ向かうことを考えると、一応長袖も持ってきてはいたが、我慢して半袖で過ごす。
バスの始発から乗るときは、乗客はほとんどいなかったが、川湯温泉をぐるっとまわっていると結構な人数になった。
温泉地を抜け、辺りに民家がなくなったところで、昨日歩こうとしていた道路の様子がようやくわかる。
「やっぱりこの道を歩くのは無茶だったんだなあ」

川湯温泉駅には足湯もあるのだが、それに浸ってるほど時間はなく、釧網本線に乗る。景色は相変わらずの原野の中を走り続ける。
便が少ないからか、乗客は結構多い。途中の原生花園で途中下車。ここも臨時駅。

降りてみてビックリ、とても多くの人がいる。
駅の前で線路や車両に向かって多くの人が記念撮影をしているが、しかし誰も乗ろうとはしない。
JR北海道は被写体にすぎず、彼らは結局自動車でここにやってくるのである。
なんだかな。

海辺に出た。オホーツク海である。よく考えれば生まれて初めての対面。
海の水は冷たかったが、それはオホーツクだからではなく、単純に天気が悪いからに決まっている。
線路の反対側には、売店を兼ねたちょっとした記念館があり、辺りで見られる動植物の説明があった。

多くの観光客が、列車の到着とともに駅の周りに集まった。
降りる客と入れ替わりながら僕らは列車に乗ったが、やはり観光客はJRを眺めているだけであった。


原生花園1302→(釧網本線)→1326網走

よく聞く地名の割には、駅前の様子にはガッカリである。
地図を見ると、網走市街はもう少し海のほうにあるらしい。
網走バスの一日乗車券を買おうかと思ったが、観光案内所でよく計算してみるとモトがとれないことがわかったので地図だけもらって外に出る。荷物はコインロッカーへ。
天都山行きのバスは出たばかりだったため、とりあえず刑務所まで歩いて見学したあと、刑務所前からバスに乗ることにした。

長崎にも刑務所というのはあるはずなのだが、当然、親近感を持つはずもなく、身近に感じることはない。
その昔、ここは地の果てだったからこそ、ここに刑務所があったのだろうが、今となっては市街地の中に刑務所がある感じである。
もちろん、ここにはこのように高い壁が築かれている。
橋を渡って、敷地内のある程度は一般人も歩けるが、ここからはもちろん入れない。囚人がつくった工芸品の販売所を見学して、バス停に戻った。


刑務所前→(網走バス)→天都山

バスを流氷館という博物館の前まで乗った。
流氷館では、濡れたタオルを持たされ、夏というのに極寒を体験すべく、その部屋に入る。
ナゾイカがタオルを部屋の中で振り回す。タオルはたちまちのうちに凍り付いて、硬くなった。
流氷の天使と呼ばれるクリオネの本物を見学したりして出た。
ちょっと下ったところにある博物館網走監獄へは、バス代がもったいないので歩いて下る。

博物館網走監獄は、観光案内所でもらった券のおかげで割引で入場。しかも大学生料金が設定されているところが嬉しい。
場内はかなり広大。順路のとおりまわっていたら、途中の裁判所?のところでビデオが放映されていて、ちょっと時間に余裕があると思ってじっくり見はまってしまう。しかし、それからの順路は相当多くて、思いがけず駆け足で見学してまわるハメになる。
別にビデオなんてそんなに熱心に見なくても良かったのに…。
肝心な部分をちゃんと見ることができなくて残念。
ここは、機会があればもう一度見学に来たい。


博物館監獄地獄1651→(網走バス)→1700網走駅前

帰りのバスは、何故か高速バス仕様のトップドア形式だった。
思いがけなくゆったりしたバスで短い時間を揺られて網走駅へ。
あまり時間もなく、すぐに改札を通った。


網走1719→(石北本線特急オホーツク6号)→2059旭川

石北本線は、途中駅間が長いことでも有名らしいが、網走を過ぎてすぐに日が暮れてしまったため、それを意識することはほとんどできなかった。
旭川までの長い時間をもてあまし、ナゾイカ氏とケンカしつつ、寝ながら過ごした。

旭川駅前すぐのホテルに投宿。チェックインしたあとに旭川市街に出て、ラーメンを夕食とする。
そういえば、昼食はどこで食べたんだっけ?


第8日

2003年09月05日

第21旅第6日

札幌2300→(特急まりも)→5:50釧路5:55→(根室本線快速はなさき)→8:12根室

道内だけでB寝台を運行しているということに、深夜に出て早朝に着くわけだが、それでも北海道の雄大さを感じる。

今回、B寝台には3回乗るのだが、寝やすい下段にはどっちが2回寝るかと話し合ったが、まあ適当に成り行きでということになった。

すぐに来た検札に、二人分の寝台券を見せて、さっさと就寝。

目が覚めたら、もう釧路に着いていた。終着駅とはいえ、次の乗り換えは5分後だ。
まだ寝ているナゾイカをたたき起こし、よく知らない釧路駅の構内を走って乗り換え。
根室行きに乗り換えた人はそれほど多くなくて、楽に座れたけれども、寝込みの乗り換えだったからナゾイカは、乗り換えが終わったとたんに再び寝に入ってしまった。
これから車窓には北海道の最果てが広がるというのに…。
「復路で眺めればいいや」とナゾイカは根室までのほとんどを寝て過ごした。


根室駅前8:20→(根室交通バス)→8:55納沙布岬9:45→(根室交通バス)→1020根室駅前

納沙布岬までの往復切符は、前もって生協で発券してもらっていたのだが、発券してもらったのは、片道普通切符の4枚だった。
根室駅前のバスターミナルに行ってみて、やはり往復割引の切符があることがわかった。
しかも、4枚つづりのさらに安い切符もあり、ナゾイカとならもっと安くで済んだのに。
今更この切符を買っても仕方ないので、手元の切符で向かうことにする。

根室行きの列車の乗客がそのままバスの乗り込んだくらいの混雑。「太平洋まわり」という方向幕がスゴイ。

「日本最東端の小学校」などを車窓に見つつ、日本最東端の岬に到着。わらわらと降りる。

まだ日が高くないので、それほど暑くもない。
観光客の数も少なめだが、団体旅行らしいおじさんおばさんがいっぱいウロウロしていらっしゃった。遠くに見える島影が北方領土らしい。
記念館みたいなところで、「北方領土視察証明書」なるものをもらう。
土産物屋の多く立ち並ぶ中、先のほうまで歩いて、日本最東端の標識:駐車禁止を確認。

バス停の近くにタワーが建っているのだが、登ったところで、ここからの見晴らしとそんなに変わるのだろうか。


根室1105→(根室本線快速はなさき)→1307釧路
  
根室駅まで戻ってきて、バスターミナルや駅をうろうろしてみる。
本当の日本最東端の駅は次の東根室駅らしいのだが、快速でさえ通過してしまうので、どうも行き難い。そのうち発車時間が来て、根室を出発。
どうせなら、もっと記念になるものを買っておけば良かったな、入場券とかオレンジカードとか。
花咲線は、思うのだけれど、快速でない便は相当なものだと思う…。

釧路に到着。近所にある「和商市場」へ向かう。
「勝手丼」といい、ごはんの持ってある丼に、刺身などを一枚単位で乗せていき、まとめて精算するというもの。
市場内でもかなりの競争があるらしく、とある店で客引きにあったあと戻ってきたら、「やあやあ戻ってきた」とその店で食べるハメになった。
まあ結果的にいい店だったから良かったんだけど。
ウニなどを進められたが、目玉が飛び出るほど高かったので断る。
代わりにいくつか頼んで、結果的に千円を越した。
大学生が昼ごはんに千円出すことは、まずないですよ。
ちょっとだけおまけをしてくれた。ありがとうです。


釧路1450→(釧網本線くしろ湿原ノロッコ4号)→1527釧路湿原

デジカメのスマートメディアの空きが減ってきたので、買い足すべく、釧路くらいの街なら電器屋もあろうと、街を歩く。
九州本場のベ●ト電器を発見、そこで購入。保証書をもらったが、故障しても釧路にはなかなか来れないよ。

駅に戻って、改札を入る。初めてのノロッコ号である。
緑色のディーゼル機関車が、緑色の客車を引っ張る。
客車は屋根があるものの、貨車を改造したものらしい。

ノロッコとは言いつつ、花咲線との分岐である東釧路までは結構なスピードで走った。
そこで市街地を抜け、やや聞き取りにくいアナウンスが流れる中、ようやくノロッコ本番という感じでのんびり緑の中を走る。改札があって、乗車記念証をもらう。

釧路湿原でさっさと降りる。釧路市街からのこの短い距離が意外だ。
一応、この駅は臨時駅扱いらしく、駅員はいない。
駅前はちょっとした広場になっているが、どこか大きな道に抜けられるような様子はなく、まさしく湿原の中にある駅なのだと思う。
他にも乗客は降りたが、展望台まで意外に遠いことを駅前の看板で見てうんざりしている様子だ。
こちらはそれどころではないので、簡単に地図を眺めると、北海道十日分の荷物を背中に、山道を展望台へ向かって駆け出した。

長崎人にとっては、なんてことのない山道であった。
予想よりあっさりと展望台に到着。途中レストハウスなんかにも寄る余裕。
簡単にコーヒーなんかもあったけど、そんなとこでコーヒーを飲む趣味は残念ながらない。

釧路湿原は素晴らしかった。人工物が全く見えない。
うまい具合に釧路市街方面は木が茂っていて見えない。

しばし大自然を満喫して、もとの道を駅まで戻った。


釧路湿原1606→(釧網本線)→1619塘路1756→(釧網本線)→1907川湯温泉

すぐの塘路でも途中下車をしてみた。駅の管理人をかねてか、駅はおじさんのカフェとなっていた。
次の列車まで辺りを散策してみるつもりだと言うと、近くの地図をくれた。
その地図を頼りに、ちょっと遠めの展望台まで向かう。
車もほとんど通ることない道をぶらぶらと歩き、途中で山道に入った。

湿原と線路を大きく見渡して、もとの道を戻る。
途中で線路と平行しているところがあって、ナゾイカは線路を歩いた。
僕は途中の橋がおっかなくて道路のほうを歩いたけれど、途中で線路のほうに入ってみた。
時刻表では、ここに列車がやってくることはないとわかっているけど、なんとなく、スタンドバイミー。

駅に戻ると、お客さんが来ていて、ゆっくりコーヒーを飲んでいた。
僕はあまり喋らなかったけど、ナゾイカが少し話に加わっていた。
寡黙なマスターに送られて、今日最後の列車に乗る。
そろそろ日が暮れかけていたが、そのうちとっぷり日が暮れる。
途中、摩周に止まった。もともとの計画では、ここからレンタカーに乗る予定だったが、この雰囲気でこの様子だと、そうしなくて良かったと二人で心の底からそう思った。すっかり暗くなって、乗客もほとんどいないまま、今日の目的地である、川湯温泉駅に到着。

列車が行ってしまうと、あたりに静寂が訪れた。
ログハウス調の駅舎には、塘路駅のようにテナントがあるらしいが、もちろん閉店。
今夜の宿はナゾイカが予約を入れたため、ナゾイカの地図を頼りに歩き出した。
駅を出てすぐに大きな道に出たが、400mほど歩いたところで、とある交差点に出る。
ここから曲がるべき道の向こうには、街灯が全く見えない。
とりあえず歩き出してみたはいいものの、歩道がないために車道を歩かざるをえず、ここまで真っ暗だと突然自動車が現れたら危険きわまりない。
現代社会のニッポンに、ここまで漆黒の闇はまだ存在していたのである。

「いやあ、これはさすがにヤバイだろ。駅に戻ってタクシーを呼ぼう」
さすがの僕らもそういう結論をくだし、駅にとってかえす。
駅前の公衆電話には、このためにあるかのごとく、タクシー会社の電話番号が貼ってあった。

電話をかけると、すぐにタクシーが到着。ホテルの名前を告げると、すぐに走り出した。
さっき歩いてきたところまで来て、運転手氏と話す。
「ここ、さっき歩こうとしてたんですよ」運転手氏爆笑。
「ライト消したらこんなもんですよ」と運転手氏はタクシーのヘッドライトを消して見せた。
タクシーの料金メーターだけが闇に浮かび上がる。ややあって硫黄の匂いがしてきた。
さすが、火山帯の温泉地なだけはある。
急にひらけて温泉地となり、目的地のホテルに到着。ようやく投宿。

チェックインしたあと、勝手丼以来何も食べていないので街に出る。
温泉地なだけに、べらぼうな値段の定食を危惧した僕らは、北海道ならどこにでもあるコンビニ「セイコーマート」を発見、翌朝のぶんも含めて購入。
せっかく温泉地に来ながら、晩御飯と朝ごはんはコンビニ弁当とカップ麺だったのでした。
調子の悪いコインランドリーに財産を削られながら、結局部屋で乾かしつつ、就寝。


2003年09月04日

第21旅第5日

札幌7:00→(特急スーパー北斗2号)→7:41苫小牧8:01→(日高本線)→鵡川

日高本線が台風のせいで途中が寸断されていることは、前もってわかっていた。札幌駅で、代行バスの時刻表が配布されていたが、その代行バスだと、様似以降のバスに間一髪で乗り継げない。
なんとかならないかと前日に札幌駅の窓口氏に尋ねたら、JRバス北海道にわざわざその場で電話してくれて、遅れながらもきちんと接続をとってくれることが確認できた。
ので、安心して出かける。
今夜遅くに札幌駅に戻ってくるので、コインロッカーに荷物を預けて身軽に出発。
早速、苫小牧までの短時間をグリーン車のお世話になった。

苫小牧で若干の待ち合わせのあと、日高本線に乗り換える。
苫小牧を出ると、すぐに海岸べたの何もないところを走り出した。
たまに本当に何もないところに駅があったりしたが、時刻表を見ると、ここに停車する便はほとんどなかった。
乗り心地の良いディーゼルカーだったのだが、少し行った鵡川から代行バスに乗り換える。


鵡川駅前→(日高本線代行バス)→静内駅前→静内→(日高本線)→様似

全くごく普通の路線バスで海岸線を南下。
車内は、座席が大体うまるくらいの乗車率で、たまに途中からも乗客があった。
代行バスだから、JRのどんな切符でも乗れるわけだ。
今回はJRバスにも乗れる切符だから、あまりありがたみはないけれど、18きっぷなどで代行バスに乗るのは新鮮だろうと思う。

静内駅前でバスを降りるとき、僕が先に立って「二人分です」と言ったのに、あとから続いたナゾイカが「切符は?」ととがめられてしまった。
バスだから仕方ないのかもしれないけど、ちゃんと切符の確認はしてほしい。それも、ちゃんと二人分だと言ったのに。
静内から接続した日高線は、ダイヤから遅れているにも関わらず少し発車まで時間があった。うどんが美味そうだったが遠慮しておく。

えんえんと乗り続けて、日高本線の末端に到着。ここからJRバスに乗り換え。
昨日、札幌の駅員氏に確認してもらったとおり、駅前にバスは待ち構えていたが、様似の駅員なのか、バスの職員なのかが、様似で降りてきた乗客をさっさとバスに乗り換えさせるべく、急かしていた。
日高本線の終着をしみじみとかみ締めることなく、この駅舎の写真を撮り終えると、さっさとバスに乗った。


様似駅前1135→(JRバス)→1232えりも岬1457→(JRバス)→1556広尾

途中で老人ホームのようなところを経由しつつ、一時間ほどで襟裳岬に到着。
途中下車せずに広尾へ向かうのか、地元住民が多いのか、意外なくらいにここで降りるひとは少なかった。このときは、きちんと運転手氏は二人分の切符を認識してくれた。

突端まで歩く。突端は地元の人が海草を広げて干していた。
それを踏まないように気をつけながら、引き返す。
「風の館」なる博物館へ入館。何故か記念品として日高昆布をもらう。
…相当処理に困るが、誰かへの土産にしたっていいかもしれない。

襟裳岬そのものは、結構賑わっていた。こういうところだ、公共交通機関よりも、自動車やバイクで訪れるひとのほうが、圧倒的に多いのだろう。
広尾へのバスを待っていると、同じように待っているおっさんに話しかけられた。
どうもさっき同じバスでやってきたらしいのだが、記憶にない。
これからどうするの?と尋ねられたが、この二人のケッタイな行程を説明しても理解してもらえないと思い、帯広から札幌に戻るとだけ答えておいた。

バスはすいていて、かぶりつき席をゲット。
ハイデッカー車なので、先頭席からの眺めが素晴らしい。
広大な自然の中を、かなりのスピードで飛ばす。
途中通った通称「黄金道路」の国道は、黄金で作った道かのように、難工事で莫大な予算が必要だったのだという。
それを証明するかのように、未だにあちこちが工事中だった。


広尾1609→(十勝バス)→1732幸福1832→(十勝バス)→1920帯広駅前

やや大きな街に入って、広尾着。ここから帯広まではその昔、広尾線という国鉄が走っていた。このバスターミナルは、当時の駅舎をそのまま使っていて、中はまだ改札が残っているし、博物館と化していた。窓口で幸福までの切符を求めると硬券で出てきた。部活帰りらしい高校生にまみれながら乗車。
広尾線がまだ存続しているか、あるいはここがJRバスなら余計な出費はなかったのに…。

一時間ほど走って、幸福に到着。降りたのは、ナゾイカと二人だけだった。
せっかくの硬券を、泣く泣く運賃箱に投入。
続いて降りたナゾイカの手には何故か硬券が。「もらっていいか尋ねたら、くれた」
実に惜しいことをしたものだと歯軋りした。
この写真は、バスの車内で手放す前に撮ったもの。

結構遅い時間にも関わらず、土産物屋がまだ空いていたので、幸福の切符を購入。これホンモノなのだろうか…?
土産物屋が勝手に作っただけのものなのだろうか…?
まあそもそもこういうところは男二人で来るものじゃないのかもしれないけど、駅名にこだわらなければ、別に単に鉄道遺跡として面白い。
ホームには、駅舎と車両がそのまま残っているし、車両の中には自由に出入りできる。やや古臭いものの、まだシートのクッションは健在だ。その昔はこれが急行車両だったのかな。
きっかり一時間見学して、バス停に戻る。
部活帰りの生徒がさらに多くなっていて、立ったまま帯広駅前に着いた。


帯広2014→(根室本線特急スーパーおおぞら12号)→2232札幌

帯広は予想以上に大きな町だったが、着いたのが夜なだけに市内を散策することもままならない。
駅舎の中で、名物という「豚丼」を食べた。ごはんの上に、でっかい豚肉の照り焼きが乗っているもの。
がっつり食べて、ホームに向かう。
帯広って、他に観光地って何なのだろう?
こんな夜遅くにこれから札幌である。

帯広で指定された座席を探すと…あれ?誰かが座っている。
こういうハプニングは大好きである。
別に行程に何か影響があるわけでもなく、個人的な事件。
とりあえずグリーン車を去って、車掌氏を探す。
「あのー、この席に誰か別の人が座ってるんですけど」
グリーン車では一人ひとりに、下車駅を知らせてくれるツインクルレディもやってきて「帯広で下車されるようにご案内したのですが、二度寝されてしまったようです」
立派な制服の車掌氏は、僕らに空いている別の席を案内してくれ、乗り過ごした乗客のために、指令をとばし、妙な切符を作っていた。
「次の新得からスーパーおおぞら11号に乗り換えだ」
そんな旨の切符なのだろう。ところで、彼は新得→帯広でもグリーン車に乗るんだろうか?あとこの往復って誰もち?

そして15時間ぶりに札幌に到着。
今夜の宿は夜行列車だから、荷物を引き取ると再びホームへ。
次に札幌に戻ってくるのは、三日後。


2003年09月03日

第21旅第4日

函館1:23→(急行はまなす)→6:07札幌

今回乗ったはまなすのカーペット号とは、はまなすの編成のうち写真のようにカーペット敷きになっている車両のことだ。
はまなすは多くの種類の車両をつないでいて、自由席からB寝台まであるが、当然B寝台は高くつくし、第一今回使っている切符ではゼロ円発券できない。
自由席とは違ったドリームカーなる車両もあるけれど、ちょっと上等な座席、というだけで、同じ指定席料金を払うのなら、多少床がゴツゴツしてはいるものの、カーペットカーで横になれたほうがマシだ。

今ふりかえってみると、はまなすの多彩な編成を見物すれば良かったと思う。
発車が深夜なら到着が早朝。それもままならなかった。

目覚めたのは、おそらく南千歳の到着放送だったかと記憶している。
カーテンはひらかれ、朝の北海道の都市部を走っていた。

そして北海道最大の都市、札幌に到着。
まずは荷物をコインロッカーに預け、トイレや朝食の調達を済ませたらまた改札をくぐった。


札幌7:00→(特急スーパー北斗2号)→8:11東室蘭8:15→(室蘭本線)→8:27室蘭

北海道初のグリーン車である。顔がほころんでしかたがない。
ところで、函館まで長い距離を走るこの列車のうち、僕らは東室蘭までしか乗らない。
グリーン車というのは、座席の前ポケットに雑誌など飛行機と同じようなセットがある。
ということは、飛行機のような清掃作業が必要なわけだから区間はどうであれ、一編成のうちグリーン車の座席が埋まるのは一度きりということになる。
ということは、東室蘭から先、函館までこの席は空席なわけだ。
実にJR北海道にとっては迷惑な客だなあとナゾイカと笑った。

室蘭まで足を伸ばしたのは、あまり意味はない。
ちょろっと東室蘭から出ている枝線を乗っておきたかったというのもあるけれど、本当は東室蘭まで乗っていたスーパー北斗2号が、目的地である洞爺に止まらないからというのが大きい。
室蘭をしばし散策したあとに東室蘭に戻れば、洞爺に止まるスーパー北斗6号に乗れるという計画だ。

駅前は、ただっぴろい空き地であった。
駅にあった地図で「日本一の坂」なるものがあることを知り、坂の町出身の長崎人二人はそこを目指すことにする。

駅を出てしばらく歩くと、昔の室蘭駅という建物が現れた。
観光案内所っぽかったが、室蘭の滞在時間は限りなく少ないので外から中をのぞいただけで素通りする。大きな道路を渡って、現場に到着。
正直、ガッカリ。どうしてガッカリしたかは、ぜひ現場へ行ってほしい。
やや意気消沈して、駅に戻ることにする。
駅へは、来た道とは別の、港の近くを通ってみた。


室蘭9:22→(室蘭本線)→9:36東室蘭9:52→(特急スーパー北斗6号)→1016洞爺

北海道では、不必要に客をホームに入れない。待合室で客を待たせ、発車間際になって改札をあけて通す。だからどんなに早く行ってもドアの前に並んでいい席をとることができるわけではない。
確かに改札口の前に若干の列はできるわけだが、改札口から列車までホームを走れば順番などすぐにくずれる。
夏だからこういうことを言うのかもしれない。
冬は屋外のホームで並ぶのがつらいし、乗れればいい、という人が多いのかもしれない。その意味では、この方法はとても公平である。

今回のグリーン車利用は24分間!札幌から函館までの3時間45分のうち、
このグリーン車が使われるのはたった24分間!本当にもったいない。すみません、JR北海道。
(ちなみに、一編成で使用は一度だけ、というのは後日マチガイだと判明)

座席について、さっそく女性車掌がおしぼりサービスがてら検札に現れる。
24分間の乗車でもいやな顔ひとつせずの対応。すまんです。


洞爺駅前1021→(道南バス)→1038洞爺湖温泉1100→(道南バス)→1115昭和新山

駅前からすぐに連絡しているバスに乗り換える。
バスは山を越えて、この辺りの一番大きな集落?らしき洞爺湖温泉というバスターミナルに到着。ここでさらに昭和新山行きに乗り換えた。
昭和新山は、当初立てていた僕の計画では予定になく、ナゾイカ案が採用された部分である。

洞爺湖温泉〜昭和新山は、往復切符があったので購入。
同じように、洞爺湖温泉〜洞爺湖の切符もあったのだけれど、すでに現金で片道払ってしまったわけだから断念。こういう切符は、洞爺湖駅側でも発売していてほしいものだ。
バスは、まずまずの乗客を乗せて出発。
洞爺駅から直行のバスをつくってくれればいいのに、と思う。

駐車場の片隅がバスの終点。バスを降りると、目の前にどどーんと現れる昭和新山!
雲仙の平成新山を知っているが、あちらはこんなに身近には見られない。
少し坂道を登ると、そのまま火口まで登っていけそうである。

土産物屋などをひやかしてまわる。
ここでも郵便局の出張販売をやっていたが、あまり客はいないらしく、郵便屋氏は、僕の目の前で弁当を広げて食べ始めた。
行楽地で弁当に水筒とは、ちょっぴり遠足気分である。


昭和新山1230→(道南バス)→1245洞爺湖温泉

洞爺湖温泉まで戻ってきた。一時間ほどの待ち合わせ。
郵便屋氏と同じように昼飯を食べようと思うが、あまりめぼしい店はなく、旅館の食堂は高いかと敬遠し、結局コンビニ弁当。
洞爺湖を見物し、コンビニ弁当をバスターミナルで広げた。
バスターミナルの上の階は、火山博物館だそうなのだが、入り口まで行ってみて入場料が高かったのでやめておく。


洞爺湖温泉1340→(道南バス)→1343西山遊歩道1442→(道南バス)→1458洞爺駅前

洞爺駅前行きだったが、途中で降りる。こちらもこちらで、もうひとつの火口らしい。
バスの中から、衝撃的な光景が展開されていた。
観光客の数も、昭和新山よりこちらのほうが多いようである。
まず度肝をぬかされたのは、この道路である。道が陥没し、そのまま湖と化してしまったのだ。
道端から伸びていた標識もそのまま沈み、水面からわずかにだけ頭を出している。
当然、今は通行止めで中にも入れないが、つい数年前まではここが普通の道路だったことを考えると、火山の威力は恐ろしいとよくわかる。

冠水道路の右脇の道を歩く。この道は、先ほどの道路とは違う道路であるようだが、もともとは車道だったらしく、センターラインが残っている。
しかし、地面そのものが大きく反り返っており、現状ではとても自動車が走れる状態ではない。

道の脇からは今も小さな噴煙があがっている。このような状態は、雲仙でも似たような箇所があるけれど、あちらは火口付近に道路を敷いて観光としたもの。しかしこちらは日常生活が営まれた山間の集落の真ん中に突然火口ができたわけである。
雲仙はすっかり観光地であるが(島原深江はそうでもないけど)、こちらは「被災地」そのままである。

これも、噴火前まではなだらかな坂道だったのだろう。
右側の建物も、今では巨人に手でくしゃっとつぶされた感じだ。自然の猛威を感じた。

ここから、洞爺駅が眼下に見えた。
歩いていけば、予定の時刻には駅に着けそうな感じはした。
バス代節約のためにも歩こうかと思ったが、その体力を温存するのがバス代であるので、結局バスに乗ることにした。

バス停近くのレストハウスのようなところで、当時のニュースや観測映像がヘビーローテションで流れていた。しばしそれを見物。ややあってバスがやってきた。
これまで乗ってきたバスとは、ちょっと違った高級なバスだった。順調に山を下り、駅に到着。


洞爺1512→(特急北斗13号)→1658札幌1714→(函館本線快速エアポート165号)→1748小樽

北斗13号のグリーン車はハイデッカー車。
先ほどのとは違い、やや目線が高いところである。そろそろ西日が強くなってきて、早朝から歩き回ったのも手伝って、ウトウトしながら札幌着。もっとハイデッカーを楽しめば良かった。

札幌からの快速は、小樽に行くひとたちで入線前から多くの人が並んでいた。もうそろそろラッシュの時刻でもあるわけだ。
北海道とはいえ、札幌は都会。
普段ならこの行列にうんざりするところだが、今回は指定席確保済み。
のんびりと指定席列に並び、入線後も先を争うことなく着席。
見たところ、エアポートの指定席は、自由席に比べて席の質が良いようだ。

駅を出て第一印象は、「意外に田舎」。
車も人も多くいるものの、札幌のような大都市に比べてどうしても地方都市感が否めない。
まず駅前のスーパーでトイレを済ませ、かの有名な運河へ向かう。
途中で北海道初の鉄道ながら廃止されてしまった、手宮線跡の散歩道を通る。古めかしい郵便局も通って、現金調達。

そうして、海に向かって歩いているうちに、「小樽の風景」として見たことが何度もある運河に到着。

この頃になると、ちょうど日が暮れてきて、いい雰囲気になってきた。
いかんせん男二人旅というのが華がないが…。

手持ちのガイドブックで見つけた、近所の店にいくつか入ってみるが、どうも面白くない。
運河沿いにしばらく歩いて、札幌に戻ろうかという話になった。
小樽とは有名な観光地であるに違いないのに、予想を裏切られるほど見所がない。
まあ、この運河でこの太陽で写真を撮れたからいいようなものの。
予定より早い便で札幌に戻ることにした。


小樽1904→(函館本線快速エアポート194号)→1944札幌

時刻表を見てみると、急ぎ足で行けば小樽発の最終の指定席連結便に乗ることができそうだった。指定席乗り放題なのだから、遅れて普通の電車で戻るよりは、間に合うのであれば指定席に乗るに越したことはない。指定席取り放題切符は、こういうときにまことに都合がいい。

小樽駅に着くと、発車までもうすぐにもかかわらず、まずみどりの窓口に飛び込む。するとちょうど店じまいをしたところらしく「改札のところの窓口に行って!」と言われる。
そこで改札口のすぐ脇にある窓口にフリー切符を出し、改札口頭上の電光掲示板を指差して「次の快速の指定席を札幌まで!」と叫ぶ。
無事発券され、指定席で札幌まで戻ることができた。
裏を返せば、この指定席は売れ残っていたわけだ。

「発車間際に指定席をとるとはなあ」とナゾイカ氏も愉快らしい。
座席の目の前のところにチケットフォルダーがあり、指定券とフリー切符をはさんでおく。
検札にまわってきた車掌氏はハンコを押すまでもなく、その切符を一瞥するとメモをして去っていった。これで検札は終了らしい。

コインロッカーの荷物をひきとって、宿に向かう。途中でライトアップされた道庁旧庁舎の前を通った。最終日にでも来ることになるだろう。

宿に荷物を置いたあとすすきのまで歩き、狸小路の食堂でトリビアを見ながら夕食とした。


2003年09月02日

第21旅第3日

青森1000→(津軽海峡線特急白鳥)→吉岡海底

さて、いよいよ北海道初上陸。
しかしその前にせっかくなので吉岡海底駅を見学することにしていた。
青森駅で改札を入るときに、上のようなけったいな切符を差し出せば、ヘンな顔をして海底駅見学券や北海道フリーきっぷまで見せなければならないのではないかと
思ったが、切符を見るまでも無く、しかも乗車券のほうにだけハンコを押して通した。これだったら特急券を買わなくったってバレなかったみたいだ。

吉岡海底駅では2号車のドアしか開かないとのことなので、2号車まで移動して、トンネルの真っ只中で停車した列車から下車。他の客にとっては、こんなトンネルの中で止まってしまって何があったのだろうかと思っただろう。
吉岡海底駅で降りたのは、僕とナゾイカと、アジアふうのカップルのみ。
海底駅のおじさんに連れられて、まず荷物保管場所に案内され、パンフをもらう。
修学旅行のごとくおじさんの案内が始まったが、カップルは日本語があまり上手でないらしく、理解しているのかよくわからなかった。
おじさんも最初はフォローしていたが、そのうち僕らだけと話すようになってしまった。

駅のホーム?から貨物列車の通過を見学。
あらかた案内が終わると、とりあえず海底駅でテーマとして扱っているドラえもんの町で解散。ドラえもん年表が貼ってあったのだが、ここに「ガチャ子」が載っているのが驚き。てんとう虫コミックスで存在を抹消されたキャラではなかったのか…。

とにかくヒマそうなドラえもんの町にいたおじさんの相手がてら、吉岡海底駅限定というオレンジカードを購入。ちなみにこのオレカ、後日間違って捨ててしまった(号泣)。


吉岡海底1320→(津軽海峡線特急白鳥)→1419函館

おじさんに別れを告げて、再び車中のひととなる。ここはすでにJR北海道管轄なので、北海道フリーきっぷの効力も開始。(厳密に言うと、乗車券部分は中小国から)
ということは、吉岡海底→函館もグリーン席に乗ってよかったんじゃないかと思うのだが、ただでさえあの生協での格闘があったのでまあこれくらいは大目に見ようと思う。これから一週間、ホントに飽きるくらいグリーン車には乗ることになるのである。
トンネルを抜けて、知内駅の看板を確認。いよいよ北海道上陸だ。

函館着。吉岡海底をはさんだ二列車はどちらも「白鳥」だったのだが、もちろん「スーパー白鳥」のほうが列車もキレイに違いない。海底駅のおじさんに「運が悪かったですねエ」と言われる始末。

まずはコインロッカーに荷物を預ける。
今夜は函館に止まるわけではないが、深夜の夜行に乗るのでできるだけ遅くまでやっているコインロッカーがほしい。駅構内にあるロッカーは確か23時くらいまで。
1時くらいまでやっているロッカーはないものかと尋ねるが、ないらしいのでしかたなくそこに決める。

その後観光案内所へ。最初からバスと市電も乗れる切符にしようと思っていたのだが、時間はすでに昼過ぎ、「モトとれますか?」と尋ねられる。どうせ函館山往復でいくらかかかるし、モトをとれないほど乗らない二人ではないのである。当初の予定どおり購入。

函館駅は、最近建て替わったという。確かに工事中の箇所は多かった。
しかし当然のごとく二人とも過去を知らないので、僕らにとっての「函館駅」はこれしか知らないのだ。

手始めに函館ラーメンを食べるべく、観光案内所でもらったパンフで駅近所のラーメン屋を調べ、食べる。
その後市場を通って、船のところまで行く。さんざん「カニ持っていって!」と言われたけど、北海道上陸当日にカニをもらうのはあまりに荷物になりすぎる。


函館駅前→(函館市電)→谷地頭

函館駅前から、まず来た電車に乗ろうと思ったらまず谷地頭行きが来たので終点まで乗る。意外なほど坂道を通るので面白かった。

近所に温泉があるらしいのだが、あまり興味は無く、終点から近そうな立待岬へ向かう。
墓地のあいだを抜けて、突如現れる岬。そして意外に多い観光客。
あまり市電に乗ったつもりもなかったのだが、函館市街地が遠くに見えた。


谷地頭→(函館市電)→??町→(函館市電)→函館駅前

?町まで戻って、次にどっぐ前方向に向かおうと思っていたら、反対方向行きのホームに「函館ハイカラ號」が現れた。どうせフリーなのだし、時間が差し迫っているわけでもないのであわててホームを渡って乗り込む。
「どちらまで?」と聞かれたのでとりあえず駅前までと答えておく。

長崎電軌168や、伊予鉄の坊ちゃん列車と中はあまり変わらない。
むしろ長崎のほうが大きくて威厳があると思った。
車掌は女性。運転手氏も特殊な制服を着ていたような。


函館駅前→(函館市電)→函館どっぐ前→(徒歩)→??→(函館バス)→?

函館駅前でハイカラ號を見送って、今度こそどっぐへ向かう。終点まで着くも、ハテどっぐとはどこに?

電車通りから一本登ったところを行けば、函館の有名な坂が続く。
ということでまず一本登り、電車通りと並行して走る路線バスに乗る。
これで函館バスも体験。ほんのバス停三つぶんだったが、これもフリー切符だからこその威力である。


??→(函館市電)→五稜郭公園前→(函館市電)→駒場車庫前

函館公会堂や八幡坂をぶらぶらと歩き、下る。
再び市電に乗り、今度は函館駅前を通過して五稜郭へ。
ところでこの五稜郭付近は、駅前とはまた別のちょっとした街である。
「長崎でいうところの住吉みたいな地区だな」と言う。
五稜郭タワーに登るか迷ってやめ、公園の近くまで行く。

もうぼちぼち日暮れ。
さて、函館山で夜景を見るべく登山バスに乗らなければならないのだが、ちょっとだけ時間はあり、そして市電は全線乗っていない。
湯の川まで行く市電は少ないが、まずは車庫のある駒場車庫前まで行こうということになった。まさかこれがまたマチガイとは知らずに。

景色はどんどんさみしくなっていく。とりあえずこの市電の終点である駒場車庫前で降りた。
そして時間があれば湯の川まで行き、函館駅まで戻ろうとしていた。
まずは函館駅方面行きホームの時刻表を見て愕然。便がほとんどない!
あわてた僕らは、並行して走っているであろうバス停を見つけて、時刻表チェック。
湯の川行きの市電がやってきたが、もはや湯の川まで行くつもりはほとんどなかった。
そこへちょうどバスがやってきたが、ドアからインターホンで尋ねるとこのバスは函館駅へは行かないという。
函館市内を走るバスが、函館駅へは行かないとはどういうことか!
そのバスに乗るのはあきらめ、見送る。とそこへ市電もやってきたが、僕らは電停ではなくバス停のほうにいるので、乗客のいない駒場車庫前は通過!

駒場車庫前→(函館バス)→松風町→(疾走)→函館駅前

予定しているのは函館山に登る最終の登山バス。最悪の場合はロープウェイででも
登るつもりだった。函館まで来て、夜もいるのに山に登らないのは意味がなさすぎる。
泣きそうになりながら、次のバスを待つ。都市によっては、市電がここまで便が少ない都市もあることを初めて知った。まあ函館ってイメージの割には都会じゃなかったしなあ。
次のバスもインターホンで尋ねたら、函館駅は行かないが近くまで行くという。
運転手氏をあせらせる意味もこめて、先頭席に座る。
五稜郭を過ぎたところで市電が追いついてきた。市電より遅いのかこのバスは!
しかも先程湯の川行きとなっていた電車である。ということは、湯の川まで往復できたのか。
松風町までデッドヒートを繰り広げつつ、若干バスのほうが勝って、松風町下車。
バスは函館駅へは行かないが、行くならここで降りろという運転手氏の指示である。
そこから函館駅まで走る走る。ナゾイカ氏と旅に出ると走るハメになるのは宿命らしい。
あとから考えると、これはこれでスリルがあって面白いのだが。

先程の市電が函館駅前電停に滑り込む頃、函館駅前バスターミナルに到着。
結果的にはさっきの市電より早く着くことができたわけだ。
登山バスの車内はほどよく混んでいて、誰も立ってはいないけどどこにも座れないという具合。
そのバスの初めての立ち客となって、僕らは発車を待った。間に合って良かった。


函館駅前→(函館バス)→函館山

座席に座れなかったというのは、むしろ良いことであった。
運転席のすぐ脇で、函館山に登る山道をかぶりつきすることができたし、車窓からどんどん見えてくる夜景を見ることもできたからだ。
登山バスは、登山口から頂上までは車内照明を消した。いい演出である。
ロープウェイで登っていれば、夜景がどんどん見えてくるのは同じであろうが、路線バスの場合は、木々に隠れて見えないところとか、つづらおりの道だとかで、ところどころ夜景が見えないのが、逆にいい。
夜景スポットではあえて徐行したりして、ロープウェイよりむしろいいかも。
しかもこのバスは一日乗車券で乗れる。ロープウェイはそんなことはないのだ。
そしていよいよ頂上に到着。
まず驚いたのは夜景よりもこの人の数…。

しかし、それを圧倒するかのようなこの夜景!
天気もすこぶるよく、本当に来て良かったと思った。


函館山→(函館バス)→函館駅前
土産物屋で絵葉書を買い、多くの親戚にふるさと切手で葉書を書く。
臨時郵便局がひらいていて、特殊な消印を押して届けてくれるという。

最終のバスで下山。
はまなすの時間までまだしばらくある。本屋で新しい北海道時刻表を購入。
持ってきたほうのシーチキン臭い時刻表は捨ててしまっても良かったのだけれど、なんとなくもったいなくてそのまま持ち続けることにした。意味ない?
実は晩御飯を食べてないので、駅前をぶらぶら歩き丼もの屋へ入る。
ギリギリ閉店時間までねばって、追い出され、まずは時間切れとなるコインロッカーから荷物を出し、駅前のコンビニで立ち読みして時間つぶしをする。日付が変わった頃、駅に戻った。
駅前に止まっていた、自動車の屋台ラーメンが若干気になった。


函館1:23→(急行はまなす)→6:07札幌

函館駅は、深夜帯も多くの列車が発着するので、24時間構内はひらいている。
しかし、ホームレス対策のためか、ベンチは一人ぶんずつにしっかり区切られていて、発車待ちの乗客がちょっと横になるのには不都合なようにできている。

はまなすの到着を待ち、ようやく改札が始まって中に入る。
待合室で待っていたひとたちもみんなはまなすに乗るのかと思いきや、そうでもないようだ。ここで朝を迎えるのか、あるいは青森行きを待っているのか。
どちらにしても、夜を明かすには安全な場所ではある。
指定された号車に乗り、発車早々さっさと眠りにつく。

2003年09月01日

第21旅第2日

盛岡6.59→(IGR・花輪線)→1000大館

早起きして、出発。盛岡駅まで行く途中で弁当屋に寄り、朝ごはんを調達した。昨日と一転、気分がよろしい。
ナゾイカは北上まで戻って北上線・奥羽線で青森へ向かうらしい。彼はまだ寝ているはずだ。昨日とは別のIGRの改札口へ。JRの花輪線のほうがIGRに乗り入れている形になっているので、好摩までの4駅は別料金。630円の切符を購入、入場。

盛岡駅でIGRスタンプで18に日付を入れてもらおうと思ったが、坂城駅のしなの鉄道と同じく断られてしまった。

待っていたのは旧国鉄色。現役の頃を知っていたわけでもないのになんだか嬉しくなって、席を確保した後に写真を撮る。
発車してみてわかったのだが、ディーゼルカーにしてはやたら加速が速い。発車してからすぐスピードが上がる。
車内の仕様も立派なシートであり、これが急行用車両だったのだろう。

途中で車内検札がまわってきたので、そこで初めて18に日付を入れてもらう。
この18は南鹿児島駅で購入したもの。その切符で今日は青森を目指すのである。はるばる来たなあ。

途中、荒屋新町でしばらく停車時間があったので、そこで朝の弁当の殻を捨てる。駅舎の写真を撮るまでもなく車内に戻る。スイッチバックの十和田南でもしばらく停車時間があって、そこでも駅舎をぶらぶらする。すれ違いの便も眺めていて思ったのだが、さすがこの辺りに来ると見慣れない車両が多い。
別に古い記憶があるってわけでもないのにねえ。


大館1005→(奥羽本線)→1051弘前1154→(奥羽本線)→1236青森

このままずっと乗っていたかったのだが、最後に大きく奥羽線の線路をまたいで大館着。ここから、本線名物のロングシート。弘前まで進む。

弘前ではちょうど一時間の待ち合わせ。
弘前城まで行けないかと思い、市内周遊百円バスに乗る。
おりしも同じような経路をたどっているらしい爺さんが運転手に「弘前城を見る時間はあるかね?一時間後に駅に戻ってこないといけないんだが」と尋ねている。
「うーん、もし行けないようならこのまま乗っていればまた弘前駅に戻ってきますよ」の言葉に納得する。
そして案の定、城はバスの中から眺めるだけに終わり、駅に戻ってきた。


青森1300→(津軽線)→1340蟹田1400→(津軽線)→1439三厩

青森まで進んでコインロッカーに荷物を預け、竜飛を目指す。
蟹田では、白鳥の自由席を目指して行列ができる。18だけで渡道しようとする人は、予想以上にいるらしい。
写真の真ん中が青森から乗ってきた電車、左が連絡したスーパー白鳥、右が三厩からやってきた車両。三厩からやってきた車両は、白鳥が出た後のホームに入線した。

僕と一緒に、地元のおばちゃんたちが乗り込むようで、ホームで大声で会話をしていたが、本気で何を言ってるのかわからない。九州人に津軽弁はわからないですよ。
中小国駅を確認し、本州最北端を目指す。右側に津軽海峡線の高架を見ながら進む。

夏の風を吸い込むべく、窓を全開。
九月初旬の青森はもう冷房はない。
窓をあけていてとても気持ちが良かった。

危険をかえりみず、窓から手を出して撮影。予想以上にいい写真で大満足。

そしてついに到着、本州最北端の駅!
竜飛崎へ行くバスは少ないので、外にあわてて出るとすでに止まっている。白ナンバーなのが気になるが、田舎地帯ではよくあることらしい。

バスに乗り込むと、運転手氏に「今日はきらきらみちのくの運行日だから、30分発車を遅らせますよ」と言う。
えええええ。
ただでさえ短い竜飛滞在時間がさらに短くなってしまう。というか、きらきらみちのくに接続するのであれば、青森から乗ってきたのに。510円出してでも乗ったよ。

というわけできらきらみちのくを出迎える。うーなんだか損した気分。
どのくらいの人が乗っているのかわからないが、とりあえず、降りた人はやたら少なかった。みんなそのまま青森へ帰っていくらしい。
村営バスに乗り継いだのも、おばちゃん一人だけ。
僕が駅でぶらぶらしている間に、地元のおばちゃんが乗り込んできて、運転手氏と話しこんでいた。相変わらず、外国語である。


三厩駅前1515→(三厩村営バス)→1540竜飛灯台→(徒歩)→竜飛漁港1647→(三厩村営バス)→1712三厩駅前

途中でも若干の乗降があり、竜飛の集落から急な坂道を登って終点到着。いよいよここが津軽半島の最北端である。下北半島のほうが本州の最北端なんだよなあ。
ここまで30分もバスに乗っていて、運賃200円均一というのが嬉しい。

展望台に登る。目の前に灯台があるのがすごくムカツクが、あの向こうに見える影が、明日初上陸する北海道である。
駐車場付近には、「上野発の夜行列車〜♪」が鳴り響いている。
その前で郵便局が出店をひらいているが、客は無し。
振り返れば、強風の地らしく風車が林立している。
あのふもとに、青函トンネルの博物館があるらしいのだが時間がないのであきらめる。竜飛海底駅からのぼってくることもできるらしいので、その機会を待とう。

もうひとつの名物である階段国道を下る。その昔、役人が地図だけで国道を認定したときにこの部分も間違って設定してしまったのだという。
ミスを村おこしに使ってしまうのは、がめついというか、おめでたいというか…。国道らしく、きちんと整備されている。しかし、立派な道がそのまま民家の間をぬっているのが面白い。
下の漁港に出た。ここは先程坂道を登る前に来た集落。だからここで待っていればバスは来るはずだ。念のためにバス停を確認した後、郵便局へ向かう。
僕は旅行貯金の趣味は無いのだが、とりあえず引き出してみる。
明細に書かれたこの「取扱郵便局」がここを表すのである。

ついでに暇そうな局員から記念の絵葉書(おそらく灯台のとこでも売ってたのと同じもの)を購入、印面に風景印をもらう。

漁港をぶらぶら歩き、バス停でたたずんでいるとバスがやってきてクラクションを鳴らしてくる。
そしてちょうど僕の前でドアが開き、運転手氏が会釈してくれる。
どうやら、先程だけで顔なじみにはなってしまったらしい。
往路と同じく、かぶりつき席に座り、三厩駅を目指す。
運転手氏と特に何かを話したわけではないが、いい竜飛滞在になった。

三厩駅に着いてからは、列車の時刻まで少しあって、三厩の集落をぶらぶら歩く。夕日とススキがきれいだった。
駅は一応おじさんがいて、番をしていたが、みどりの窓口があるというわけではなく、どっかのおじさんが料補?みたいなのを発券してもらっていた。
僕はこの料補?みたいなのに知識が無い上、あまり欲しいと思わないので行動は起こさない。


三厩1755→(津軽線)→1836蟹田1917→(津軽線)→1958青森

蟹田でとっぷり日が暮れる。時間つぶしのために駅舎を出たところで上り北斗星が通過。あれに乗ることはあるのかなあ。
駅前にバス停を発見し、もちろん乗るつもりの無いのに時刻表をチェック。そこにたまたまバスがやってきて、気まずいままバス停を離れる。少し大きな道に出る。
下北半島に渡る船は、もう少し行ったところに桟橋があるらしい。住宅地をぬけて駅に戻り、青森行きへ。

最後尾に乗っていたら、車掌氏と駅員氏が話している。
車掌氏は、駅に着くたびに放送をしていたが、それ以外は客席でスポーツ新聞を広げていた。まあこういう地域だからいいんだけどさ。
この間も運転手氏のほうは、一生懸命に仕事してるのにね。
青森駅でナゾイカ氏と合流、投宿。
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