2003年03月06日

第13旅第2日

新潟2332→(ムーンライトえちご)→4.30大宮5.36→(東北本線)→6.51宇都宮7.03→(日光線)→7.51日光

夜明け前の大宮に降り立つ。下車印と県庁所在地入場券をゲット。
トイレに行ったりしてブラブラしたあと、昨晩の口直しの意味もこめて大宮駅前の吉野家へ。
牛鮭定食?は午前五時からなのだが、5分前でも奥で相談されたあげく、出してくれた。
さすが埼玉の吉野家はちゃんとしてるね。
初めての日光へ。日光駅は、天皇用の貴賓室があるらしい。
それなりの風格のある駅だった。
駅前から少し上ると東武の日光駅。
駅自体はこちらのほうが立派で、普通東京から来る場合はこちらを使う。
もちろん時間がないので日光巡りはこれで終わり。


日光8.11→(日光線)→8.53宇都宮9.32→(東北本線)→1023黒磯1027→(東北本線)→1130郡山1136→(磐越西線)→1248会津若松

あっけなく、JRのほうは物静かな日光だったが、さすがにこの通学時間となると割と乗客はいる。
日光線で思ったのは、とても駅間が長いということ。次の駅までなかなか止まらない。
駅の数が少ないのに宇都宮からこんなに時間がかかるのは特急通過待ちなどがあるわけではなく、実際に遠いのである。
宇都宮で、一度来たギョーザ像を撮影。
ギョーザを食べたかったが、車内で食べるのはいくらなんでも非常識なので普通の五目メシの駅弁を購入。

福島県入りした頃からまた雪が見え出す。
郡山で磐越西線に乗り換えたが、これが結構混んでいる。
猪苗代湖は見えなかった。途中はすっかり雪景色で、磐越山がとてもきれいだった。実家に写メールで送る。


会津若松1308→(只見線)→1557只見

いよいよ今日のメイン、只見線。
会津若松でまず改札を出て、構内の土産物屋で迷った挙句喜多方ラーメンを購入。喜多方そのものには行かないんだが。
そのうち本場の喜多方ラーメンが食べたい。

只見線は日本でも有数のローカル線で、まともに乗りとおすには、上下線とも1本ずつしかない。
ということで、ヲタが大発生しているのではないかと危惧したがゼロではないにしろ、それほどではない。
むしろ入線前のホームには、地元のひとらしきひとが多い。
こんなにも乗客(と言っても全員座れるくらいなのだが)がいるのならもう少し増便してもよさそうなものだが。

只見線のサボ。簡単だが相当長い。座席を確保したあと、発車前に写真を撮って回る。

会津川口で交換待ち。電車を降りて駅舎に入ると、そこにはまだJR東日本・北海道パスのチラシが!遅れてるといおうか…。
ろくな改札が無く、駅を出てもちっともチェックされなかった。
トイレを済ませ、駅を出て、なんとなく駅前のバス停をチェック。
ちゃあんとバスは走っている。一応、只見線の中では大きい駅のほう。

交換をすませ、電車はすごい景色の中を走っていく。
川面にきれいに雪山が写っているのがとても美しいと思う。

3時間近く走りつづけてようやく只見に到着。
時刻表上はここで乗り換えることになるが、実は同じ車両で車内アナウンスも「20分ほど停車しまあす」と言う。ちなみに最初から最後まで車掌が乗っていてずっと巡回していた。どこかのように、自己申告制で、言わなければバレないっぽい。
これまで見た中でもっとも雪が積もっている。自分の背丈と同じくらいだ。
ちょっと興奮。これだけの毎朝の除雪も大変だろう。

只見駅が工事中で、外に出る人はと回り道をさせられて駅の裏から外に出た。
ここでもやっぱり改札が無い。駅前の除雪されてない部分に飛び込んでみたりする。いや、ホント興奮。


只見1620→(只見線)→1742小出

只見を出たが、次の田子倉には停車しないという。
様子を見てみると、確かにもう乗降扱いしたところで遭難者を出すくらいだというくらいに雪深いところで、田子倉湖レストハウスの字がどうにか読めるくらいだ。
田子倉を過ぎるととんでもなく長いトンネルへ。
抜けるとなおいっそう雪が深くなっていて、並行して走る車道はもはや除雪もされていない。大川口で交換待ち。
駅舎に入るが、ここでも切符のチェックはなく、すんなりと外に出ることができた。
駅の前は道路になっているが、ここは除雪されていて、時折り車も通った。
通らないと思って危うく車道でふらふらするところだった。
ホームに戻ると、確か会津若松からずっと一緒の二人組も対向列車を待っていた。

だいぶ山を下りてきて、視界もひらけ、家も多く見られるようになってきた。
しかし線路のまわりは、どこもかしこも真っ白で、線路しか除雪してないようだ。
ところどころ踏切があって、車が待っていたりするのだが写真のように踏切そのものがその機能を失ってしまっているところも多く見られた。雪に埋もれた警報機。雪原から頭を出しているのは、あとは墓。

沖縄の家は、台風を避けるため屋根が低いという。
一方、雪国では積雪で屋根がつぶれるのを防ぐためとがっているという。その典型。上越は立派な雪国。
ここで見るように、家の屋根もとんがっているのだがその右側にある道路標識にも、よく見ると屋根がついているのがわかる。標識にも雪が積もるんだね。

そのうち大きく左へ曲がって、小出。長い長い只見線も終わり。


小出1758→(上越線)→1811越後川口1821→(上越線)→1953水上1955→(上越線)→2057高崎

小出で東京方面への乗り換えが接続悪かった。
駅前に出るが、ひとも車も多いのに店がなく、時間がつぶせない。
時刻表を見ると、越後川口まで上り列車を迎えに行けそう。
こんなところで30分以上をつぶしてても仕方無い。
あとで友人に聞くところによると、小出にはおいしいそば屋があったらしい。

越後川口で10分の停車時間だが改札を出る。
駅前はちょっとした商店街になっているが、途中で引き返す。
意外に乗客はいるようで、ストーブのある待合室には4人ほどいた。
しばらくそこにいたが、みんなが動き始めると一緒に改札に入った。
ホームの反対側には飯山線の電車。一応連絡はしているのだが、さすがにこの時刻では仕方ないのでこのまま帰ることに。

また小出を通りすぎる。途中六日町や上越国際などで、スキー客が大勢乗ってきて、越後川口では空席が目立っていたのに、立ち客が出るほどで、車内が騒がしくなった。
しかし越後湯沢で新幹線に乗り換えるのかごっそり降りていった。
むしろ最初より少なくなったかもしれない。越後川口から乗ったひとも、そりゃ普通なら新幹線に乗るだろう。車内は閑散となった。

さすが上越国境、小出や越後川口に比べて雪深い。
それより何より、線路が相当急らしく、ずっと下り坂だ。
怖いくらいにスピードが出ている。が、そのうち寝てしまった。
水上で車掌氏に起こされる。「乗り換えないの?」といわれた。
危なかった。ここで乗り換えに間に合わなかったら家に帰れないところだった。
僕が乗り込んだところでドアが閉まり、発車。相変わらずの急坂を下っていく。


高崎2121→(高崎線)→2303上野2305→(京浜東北線)→2313東京2323→(東海道線)→2359戸塚0.07→(横浜市営地下鉄)→0.18湘南台

高崎での乗り継ぎも悪い。なぜにまだ群馬県で夜九時半近くなのか。
上野に着き、急いで京浜東北線へ。東京で東海道線に乗ってから時刻表を見ると、戸塚着が2359。ギリギリだ。当初は横浜から相鉄に乗るつもりだったが、
横浜からの相鉄よりも戸塚からの地下鉄のほうが安くつくので、戸塚まで行くことにする。
「もう0時過ぎてますよ」と戸塚の駅員氏に言われたら、この時刻表を見せつければいいや。
戸塚に着いて、ダッシュで改札へ向かう。18きっぷを持ったまま窓口に向かったら、それが駅員氏にも見えたらしく、窓口に着く前に「ここでは終電までOKですよー」と言われてしまった。そうだった、大船までは東京近郊区間なので終電までOKだったのだ。
ということはもう少しゆっくりでもよかったのか。
これが藤沢だったら、時刻表をたたきつける必要も出たかもしれないのか。
まあそうはそうでも、どっちにしろもう夜遅い時間帯だったので、改札を通って地下鉄改札へ。終電の一本前だった。
ようやくのこと湘南台着。長い長い二日間がこうして終わった。

2003年03月05日

第13旅第1日

湘南台0.06→(小田急江ノ島線)→0.17藤沢0.28→(東海道線)→0.41平塚0.44→(ムーンライトながら)→4.22豊橋

いつもどおりのルートでながらへ。
小田原でまた自由席待ちの長い列を見る。
この時期に510円をケチることないんじゃないかとつくづく思う。
小田原発車後に事件発生。
乗っていた3号車は名古屋まで全席指定なのに、小田原までの指定券しか持っていないおっさん発覚。
小田原からの指定券を持っていた少年と小競り合い発生。
車掌がやってきて、おっさんが「これで乗りつづけてればいいと言われたんだ!」と怒ったが、それはその駅員の手違いであって。

残念ながらおっさんには自由席に移動してもらうべきなのだが、なんだか偉そうな車掌氏も登場して、小田原少年に別の席を案内して一件落着。
こういうとき用の席ってやっぱり存在するんだね。
あとからそのおっさんの様子をうかがってみると、おっさんの隣の席にいた名古屋までの指定券の少年にながらの指定券のレクチャーを受けていた。
どちらの少年もあまりヲタっぽくなくてよろしかった。

目が覚めたらすでに豊橋停車中だった。もう少し停車時間はあったので、ゆっくり下車。のんびり電車の写真をとったりする。実はながらの写真は初めてだな。

下車印をもらって出場。豊橋の街はまだ眠っている。
飯田線始発までの一時間をどうしよう。
とりあえず商店街をぶらぶら歩く。
ローソン二軒はどちらも不良少年がいたので素通り。
電車通りに出て車の通らない大通りを思いっきり横断。
セブンイレブンで立ち読みし、飽きて駅の方向のファミマへ。
こっちのほうが量があって、最初からここへ来れば良かった。
改札に入ると、飯田線は離れたホーム。意外に結構乗っている。


豊橋6.00→(飯田線)→9.24天竜峡9.36→(飯田線)→辰野1237

名鉄としばらく並走しつつ、そのうち山へ入っていく。
途中中部天竜で時間停車。
ここに佐久間レールパークがあるのだが、当然まだ開園していなく、またどっちにしても下車してる時間は無い。
パンフと、記念スタンプだけ押して車内に戻った。
信越線横川駅にも似たようなのができたが、佐久間は資料こそいいものがそろっているものの、あまりに狭いところに詰め込みすぎて、さらに屋根もなく
保存状態は悪いらしい、とあとでどこかで読んだ。

途中、飯田線名物S字橋や、小和田駅を通過。

小和田駅は評判が評判なだけに、いつかは下車してみたい駅だ。
確か、駅の前はもう道がないんだっけ。秘境らしい。

平岡駅でまたもやちょっと停車。
車掌氏たちもわらわらと降りていくので、一緒に下車。
ついでに下車印ももらったりして。東海典型的な嫌な顔をされた。
平岡駅は、そのまま観光案内所のようになっていて、近所の名産品とかを売っていた。
平岡からのびる、山中への名所案内パンフなどをもらう。
たぶん、ここでこういう停車時間がなかったら一生知らなかった街だ。
駅前には路線バスも来ていた。当然のごとく乗客はなし。

ここで乗り換えだが、一応天竜峡という地名くらいは聞いたことがあったので、わずかな時間ながら途中下車。
下車印ももらっておく。意外に街だぞ、天竜峡。
駅の構内で立ち食いうどんを食べたかったが、乗り換え時間が微妙なのであきらめることに。
天竜峡下りがあるように、乗り換えた電車は天竜川にそってさらにのぼってゆく。
川端には天竜峡下りの宣伝が多い…。

飯田に着く頃少し居眠りしてしまった。
さすがにながらでの3時間睡眠だとしんどい。
飯田は山の上に開けた街。
線路は町の中を大きく迂回しているらしく、探偵ナイトスクープで、追いつく挑戦をやっていた。
もうアルプスが見える。そんなところまで登ってきたんだな。


辰野1300→(中央旧線)→1321塩尻1336→(中央本線)→1352松本

辰野でまた下車印をもらって出る。
トイレで大。駅前の地図を見ると近くに川が流れているらしくそれを見に行くことにした。
このあたりになると道の端に雪の塊が残っていたりする。
さすがに排気ガスで真っ黒な塊なのだが。
ぐるりと駅前を一周して駅に戻る。

旧線?と言っていいのかわからないが、辰野からの車両はおそらくここ専用車で、とんでもなくボロかった。
こんなにも便が少ないのに、途中駅での乗降が若干あった。
塩尻ではもう駅を出らずに松本行きを待つ。


松本1424→(篠ノ井線)→1538長野1616→(信越線)→1745直江津

松本駅ビル内で信州そばでも食べたかったが、どこも混んでそうなので、結局外に出て松本駅前の立ち食いそばを食べる。
二度目の松本。今回も松本城へは行かず。
篠ノ井線でうとうとしていたら、姨捨でスイッチバックしたのに驚いた。
ここのスイッチバックは知らなかった。
外を見ると、長野市街が広がっている。
松本と長野の交流があまりないというのがわかった気がした。
長野からは飯山線と信越線どっちにしようかと思ったが、信越線に。かなり混んでいるが、妙高あたりでひとが少なくなる。代わって雪が多くなる。


直江津1749→(信越線)→1840柏崎1844→(越後線)→1949吉田1953→(弥彦線)→2001弥彦2025→(弥彦線)→2054東三条2138→(信越線)→2232新潟

弥彦まで来た。駅前にはタクシーが止まり温泉宿が多い。
とりあえず地図を見て弥彦神社まで行ってみる。
結構な坂をのぼり、着いたが、当然この時刻では真っ暗、ひともいない。
別ルートで坂道を駆け下りる。弥彦発最終便。
東三条で下車印を押してもらおうとしたら、字がつぶれてしまっていて、押せなかった。
駅前に料亭があり、日替定食が格安だったがどんなもんだかと思い、歩く。何もない。
別のルートで駅に戻ると途中に深夜営業のスーパーを発見。
飲料調達。食料はほとんど売り切れ。
こんな冬の夜に誰も知らない新潟で俺はどうしてシュークリームだけが夕飯なのだらう。

悲しみに落ちたまま新潟到着。予想以上にひらけている。
客引きの兄ちゃん、俺を誘っても無駄です。
駅前の繁華街がそのまま飲み屋街というのはどうかと思う。
大通りに出て、吉野家を発見。ここにしよう。
で、注文するが、まず客の順番を間違える。
吉野家のくせにとんでもなく客を待たせる。
汁や肉のバランスが極めて悪い。初めて「汁増やして」と言った。
ここが吉野家という看板を掲げているのは問題ではないかと思います。ブランド汚しだよ。
吉野家新潟駅前店は、クレームつけたがいいと思います。
お釣りを渡されるとき、よっぽど文句言おうかと思った。

2003年03月03日

第12旅当日

湘南台7.04→(横浜市営地下鉄)→7.14戸塚7.20→(横須賀線)→8.03東京8.24→(京葉線快速)→9.08蘇我9.11→(外房線・東金線)→9.57成東1003→(総武本線)→1049千葉1101→(内房線)→1141木更津

春休みのきっぷ一日分を消費するのは、房総横断とすることにしていた。
木更津から安房鴨川に抜けるルートと、大原から五井に抜けるルート。
18きっぷのモトをとれるかどうかというルートではあったが、どうせ1日かかるので、これで行くことにする。

蘇我で、まずひとつめの下車印を押そうとすると、やはり千葉支社、下車印が何のことかわからない。
しかも、駅前のコンビニで昼飯を調達してから再び改札を入ろうとすると、「ちょっとちょっと!」と呼び止められる。
「どこから来たの?」「?? 戸塚からですよ」「今日のぶんのハンコ押すよ?」
戸塚で押してもらった「3月3日」が、「3月2日」に見えたらしい。
その説明をすると、「そうかそうかそれは悪かった」と愛想よく送ってくれたが、これだから千葉支社は。
JR東日本パスの指定券変えも試したが、ことごとくハズレ。
それは千葉支社だから、じゃないかもしれないけど。

去年の夏にも房総には来たが、あのときは安房鴨川から銚子のほうへ行き、さらに成田線経由で帰ったので東金線をはさむ外房線と総武線の一部がまだ乗っていなかった。
ダイヤ上、どこかで途中下車するわけにもいかず、さらに東金線直通だったということもあって、あっさり千葉まで戻ってきて、すぐに蘇我を通過した。


木更津1150→(久留里線)→1251上総亀山

木更津は、今度ゼミで来るはずだが、そのまえに一度降りてみたかった。
でも乗り換え時間の都合上、それもまた断念。
久留里線初体験。久留里線の車両は、赤穂線の車両によく似ている。ちょっと小振り。
木更津から遠ざかるにつれ、どんどん乗客は減っていくが、たまに乗ってくる人もいる。
無人駅ばかりで、絶対切符を持ってないひとばかりなのだが、車掌に申告して切符を買うひとはほとんどいない。確かに申告しなければばれなそうな雰囲気でもある。
ずんずん山奥に入っていき、久留里線唯一みどりの窓口がある久留里駅を過ぎると、本格的に山奥になった。終点上総亀山で降りたのは5人ほどだったか。
もう下車印があるのかどうかすら怪しかったので、頼みもしなかった。


亀山駅前1350→(鴨川日東バス)→1437鴨川駅前

さて、ここから安房鴨川へ抜けるバスは、一日3便。
次のバスまであと1時間ある。木更津で1時間過ごすわけにもいかず、先にここまで来たのだが、本当に何も無い。
山奥の集落にしかすぎないので、ぶらぶら集落をはずれて道なりに歩いていくと、
大きな湖があり、ダムがあった。このあたりで雨が降り出す。
メシもない、ひともいない、車もいなけりゃ、雨が降り出す。
俺はどうしてこんなところをうろうろしているのだらう。
ダムを抜ければ、ぐるっとまわって駅に戻る道があるだろうと思っていたが、
どうもダムから続く川で道が阻まれているらしく、もと来た道を戻らざるをえなかった。

駅まで戻る道の途中で、乗ることになる亀山駅行きのバスが僕を追い抜いていった。
乗客は、ばあさんが一人。大丈夫か、このバスは。
駅まで戻ると、案の定広場ともいえぬ駅前にマイクロバスが止まっていた。
バスの前を通り過ぎて、写真を撮り、そろそろ時間なので乗り込む。
発車の時刻なのに、運転手さんは、乗客そのものが珍しい様子で話し掛けてきた。
大判時刻表にもこのルートは載っているくらいなのに、それほどの路線であることをおじさんは知らなかったらしい。18きっぷの存在も知らなかったくせに、「たまにそう言って乗ってくるひといるんだよなあ」と言う。
始発のくせにそのおしゃべりのおかげで6分ほど遅れて発車。
さっきのダムを抜けて、山道を走る。途中有料道路さえ通るのに、乗客は一人。
どこかで有料道路も抜けてしまったらしく、田舎道の途中でばあさんが乗ってきた。
鴨川市役所で降りていく。またもや僕一人。
と、突然バス停でもないのにバスが止まった。
「鴨川駅行きだけど、これから大回りしてから行くんだわ。
もし急いでるんなら、ここで降りたがいいよ。運賃も安く済むし」
「あーそうですか、わざわざありがとうございます〜」
「いや、少しでもためになれば。」
鴨川日東バスなど、間違いなく赤字だろうに、運賃を安くしてくれるとは、さすが田舎のバスと言おうか。

去年の夏に来たときは、駅の海側だけで、えらく田舎だと思ったものだったが、駅のこっち側は、市役所があるだけに、意外と街で、SATYなどもあった。
のぞいてみようかとも思ったが、外房線の時刻も迫ってたので駅に向かう。
跨線橋を越えて、線路の反対側の改札口に着くと、しばらくしてさっきのバスが駅前に入ってきた。
結局、間に合いはしたのだった。安房鴨川では下車印はもらわず入場、外房線に乗った。


安房鴨川1448→(外房線)→1541大原

大原で下車。少し前までは、ここに大原という駅があることすら知らなかった。
いすみ鉄道と小湊鉄道に乗ってみようとすら思わなかったものだ。
まず、また東日本パスの指定券変更を願い出る。
新幹線の変更は、やっぱり満席だったが、モンダイはあけぼのの経路延長だった。
穴があくほどゴロンとシートの指定券を眺めた挙句、「ちょっと、このゴロンとシートってのは何??」
後ろで定期券の更新をやりたかった高校生がうらめしそうに待っている。
駅員3人ほどのおじさんたちで頭をつっつきあわせてマルスを操作した結果、
ようやくゴロンとシートの画面にたどりついたらしい。
「あーこりゃ満席だなあ」そりゃそうだよ、キャンセル待ちが相当いるんだから。
で、出た結論。「これね、そのまま乗ってさ、車掌に言って変更してもらってよ」
乗車変更というのは、まずここのある指定券をキャンセルして、それを取り直すということになる。
その間に、キャンセル待ちしているひとにとられてしまうかもしれない、ということだ。
それはよくわかる道理だが、実際には、裏ワザで二重発券できるということを
2ch等で言っていたが、それはここのおっさんは知らないらしい。所詮裏ワザだもんね。
新幹線と違って、あけぼのならば、そのあとに乗ってくるひともいない。
羽後本荘からの立席乗車も、B寝台が充てられるので、秋田からゴロンとに乗ってくるひともいない。
券面は秋田までだが、東能代まででも可、とのこと。
当日ダメと車掌氏に言われても、「外房線大原駅のおじさんは、これでいいと言いました」とでも言えばよい。ということで僕はようやく引き下がり、いい加減キレそうな高校生に窓口を譲った。


大原1618→(いすみ鉄道)→1712上総中野

大原の駅前商店街をひととおりまわったあと、駅に戻る。
このいすみ鉄道は、3セクで、その昔は国鉄だったのだが、その頃の様子はもちろん知らないし
その路線の名前も知らない。駅舎そのものは一緒だが、入口も違うし中でつながってもいない。
驚いたのは、始発駅なのに改札もなく、まったくの整理券方式なのだ。
小湊鉄道と共同での「房総横断記念乗車券」なるものがあるはずなのに、窓口も無く、どこで買えばいいんだろうか。
高校生であふれかえるホームに、電車が入線していた。座るすきまもなく、記念乗車券を運転手に尋ねなければという名目のもと、かぶりつき位置をゲット。
発車前に運転手さんに言うと、大多喜という駅で発売という。
どうせその前に途中下車するつもりもなかったので、そのまま発車。
いすみ鉄道の本部が大多喜にはあるらしいのだが、大原のほうがよほど街中である。
「房総横断記念乗車券」は、いすみ鉄道大原か、小湊鉄道五井のどちらかから、片道のみ途中下車自由の乗車券。途中下車はしてもいいが、後戻りはできないという面白いものだ。
しかし、様子を見る限り、どうもそこまでチェックしていないようだった。
乗車券の発売自体の宣伝さえ、車内にはなく、僕が東京時刻表を読んでなかったら、きっと乗ってても知らなかったと思う。


上総中野1713→(小湊鉄道)→1825五井

上総中野ではもう連絡してるだけの乗り換え時間だけだったので、散策することもなくすぐ乗り換える。
レールこそ並行にならんでいるものの、ホームは別で、一度レール際にまで下りてから小湊鉄道のホームに上がる。
こっちには車掌さんがいるらしく、運転手さんと運転間際まで楽しそうにしゃべっていた。
上総中野では結構降りるひとがいて、乗り換えたひとはほかに一人だけ。
しかし電車もとても古いし、走ってるとこも山の中だし、とても千葉に近いところとは思えない。
銚子電鉄もいいけど、山の中という雰囲気なら、ここはすごく撮影に使えそう。


五井1837→(内房線)→1854千葉1901→(総武線快速)→1940東京1950→(東海道線通勤快速)→2032藤沢2039→(小田急江ノ島線急行)→2045湘南台

五井に近づくにつれてひとが結構乗ってきた。
車掌氏は誰が新規の客か覚えているらしく、一人一人に切符を売っている。いや、千葉でこんな風景が見られるとは。
だってもう、思いっきり車掌さんカバンを肩から下げて。
夜遅くなってしまったが、ぜひ昼間にもう一度乗ってみたいね。
いすみ鉄道はもういいや。小湊鉄道。

五井に着く頃には雨が強くなっていた。
もう駅前に出るのはやめて、とっとと帰ることにする。
千葉で一度外に出て、県庁所在地入場券をゲット。
一本遅らせてもいいかなと思っていたら、外に出なくても乗ることになっていた便に間に合った。
東京で乗り換えた東海道線も通勤快速で満足。
品川から大船までノンストップだと、なぜか普通便より空いているのが謎。

2003年03月01日

第11旅第10日

京都9:22→(奈良線みやこ路快速)→9:56木津9:57→(関西本線)→1003加茂1006→(関西本線)→1134亀山1141→(関西本線)→1249名古屋

いよいよ四国旅行も最終日。
えっちらおっちらまたもや藤沢まで。

何を血迷ったか、まっすぐ帰ればいいものを、発券したときに関西本線・御殿場線経由というトンチンカンな経路で発券してしまったので、しかたない、このルートで帰るしかない。

木津で乗り換えたときに、肩をたたくお姉さんがいた。
「この電車は山城青谷に行きますか?」という。
さすがの僕でもそんな小さな駅のことは知らなかったが、奈良線を南下するときにウトウトしていて、たまたま目覚めて駅名を確かめたのが山城青谷だったため、かろうじてその駅名だけはそのとき覚えていた。
奈良線で通ったんだからこの加茂行きが行くわけがない。
「いや、行きませんよ」というと、この列車の発車時刻も迫っていたのでさっさと行ってしまった。

まあ関西本線の山越えは好きな区間なのでよかったのだが、いかんせんロングシートというのがイカン。その先頭部分に座っていたのに、あろうことかかぶりつき位置に立つ親子連れが!
しかも僕の鼻先に立つものだから、見えるのはこのバカ親父の背中ばかりだ。
非常にイライラする。結局伊賀上野までそのまま立ちやがって、よく見えたのは伊賀上野から亀山までのほんの少しのあいだだけだった。

結構もう飽きた関西本線だが、実は上りで乗ったのは初めてだったりする。
またもや弥富で降りそこなった。日本一標高の低いこの駅で途中下車するのは
いったいいつのことになるのやら。


名古屋1320→(東海道線新快速)→1438浜松1440→(東海道線)→1549静岡1600→(東海道線)→1651沼津

名古屋で途中下車。今度こそ名古屋城を見ようと思ったが、雨天のため断念。
なんとかしてくれ、中京地域。
せめてみそかつでも食べたろと思い、駅弁屋へ。980円にはちょっと躊躇したがそのビッグサイズと旅の終わりにということで奮発して購入。
しかしまた新快速が混む混む。少しの間立っていたら、ラッキーにも進行方向窓際の席が空いたので、そこに座って弁当を広げる。
混雑した車内にみそかつのニオイが充満した。
一応フタをかぶせてその気は見せたものの、隠しようがない。
手のひらほどもある巨大なカツをいっきにたいらげた。

静岡でも途中下車。入場券を買って、駅前をぐるっとまわろうかと思ったが、
雨天で断念。無意味な途中下車だった。


沼津1702→(御殿場線)→1829国府津1831→(東海道線)→1858藤沢1908→(小田急江ノ島線)→1918湘南台

沼津から御殿場線。こんなにも日が暮れたあとに知らない路線を通っても仕方が無い。
しかも御殿場で長時間停車があったりして、つまらない。
御殿場の改札までは一応行ってみたものの、変な切符にまたジロジロ見られるのが億劫になったので、パス。車内に戻ってじっとしている。
国府津でギリギリな乗り換えをクリアしたが、車両最後尾。
辻堂で前の車両に移動しようとしたら、途中にグリーン車がはさまっている。
未だに通り抜けとしてでもグリーン車に乗っていいものかかなりギモンなところがあるので、一度降りて走ったら、途中でサイフを落としてしまった。
親切なおばさんが教えてくれたので助かったが、誰もいなかったら藤沢駅で相当あせったことだろう。そのまま前のほうに移動し、藤沢で旅は終了。
この切符は「宇多津→横浜市内」なので、藤沢はまだ途中下車にしかすぎない。
この手の使い切るまで切符は有効なのだが、坂出よろしく横浜市内まで行ったら回収されそうなので、もうこれでお役御免ということにしよう。
もっとも、藤沢から横浜市内へJRを使っていく機会はそうそうないと思うが。

長い長い10日間が終了。
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